魔法のことば

現役スピリチュアルカウンセラー プリアが毎日の中で感じたことをスピリチュアルをメインテーマに書き綴る徒然日記

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | ∧top | under∨

前世の風景 5

今回もまた引き続き、私の見た過去世について書いていきますね。

ごめんなさい。
そろそろ飽きてきましたよね。

もう少しで終わりますので、おつきあい下さいませ。


前回から引き続き私の過去世にまつわるお話でございます。

【過去世における私 プロット】

・時代 中世ヨーロッパ
・性別 男性
・職業 騎士?
・外見年齢 40代前半くらい??

前回書きました黒い肌のマリアを調べてみました。

「変身のための起源論」というブログから、転載させていただいています。

原文を読みたい方はこちら
http://yumiki.cocolog-nifty.com/station/2005/03/post_7.html

〈黒マリア〉とは、主にフランス中・南部の山中で祀られている、特異な型の聖母子像です。
50-80㎝の小座像で、たいてい肌が黒塗りされているのが特徴です。
いかにも木訥な雰囲気をたたえており、十世紀以前の土俗信仰を遺したものと考えられます。
〈黒マリア〉の大きな謎は、こうした像の出現・伝播が、正統なキリスト教美術史の流れによっては説明できない-ということです。

ここですごく大ざっぱに教会美術史を整理すると、

①古代の教会美術-平面の絵は認めるが、立体像は禁忌の時代。そこで「聖図=イコン」ばかり造られた。とくに東方「正教会」がよくこの伝統を残している。

②ロマネスク-11世紀・南仏から起こった様式。簡素で力強い「浮彫り」像が特徴。

③ゴシック-12世紀のフランス出現。おどろおどろしいほどに豊かな「立体像」が溢れる。熱烈な聖母崇拝も特徴。

④ルネサンス-14~16世紀。ギリシア=ローマ的な写実・均整の美意識の再発見。

さて黒マリアは、見た目は③ゴシック的だが、時代としては、まだ立体像がほとんどなかった②ロマネスクに先行してます。
これはどういうことでしょう?
そのうえ実は中世には、教会は黒マリア信仰を目の仇にしていました。
多くの黒マリアが教会から追い出されたり、焼き捨てられたりしたのです。
そうだとすると、黒マリアは、ほんとうにキリスト教の「聖母」マリアの像なのでしょうか?

こうした疑問の詳細は、田中氏の前掲書を見ていただくのが一番だが、ここで結論から言ってしまうと、黒マリアはキリスト教「外」のものです。
それはケルトの土俗信仰に根ざしている。
つまり異教の地母神なのです。
キリスト教の内側に「ヨーロッパの土俗信仰」が深く浸透していることは、前回④でも述べました。
一見奇怪な黒マリアは、まさしくこの類の要素なのです。
そしてさらに重要なのは、中世フランスに突如「ロマネスク→ゴシック」様式が勃興したのも、実はこうした「異教要素」が教会の内側へ侵入した結果ではないか…と考えられることなのです。
とりわけゴシックの怪奇趣味は、そうであるよう思われます。
 
黒マリアは、たいてい「聖母マリア」でなく、「我々の母=ノートル・ダム」と呼ばれました。
実はこれも異教時代からの地母神の呼称なのです。
「黒」は生命を産み出す大地の色、そして闇と死の色です。
 
異教要素との融合によって、ヨーロッパ=キリスト教が「第二の誕生」を果たした時、それがゴシック時代なのです。

 ゴシックの12世紀、フランス各地にとつぜん「ノートル・ダム」の名を持つ大寺院が一斉に出現しました。
これまた奇妙なことですが、これら大寺院建築のスポンサーが何者だったか、今に至るもわかっていません。
膨大な資金が動いたはずなのに…です。
 
田中氏の前掲書では、これら「ノートル・ダム」寺院を造ったのは、かのテンプル騎士団ではないか…という説が紹介されています。
 
テンプル騎士団。
これは「十字軍」のために設立され、戦争略奪、また交易や金融まで手を広げて富強を誇った、超国家的組織です。

聖ベルナルドゥスのシトー修道会とも密接な関係を持っていました。

この騎士団は、ついにはフランス王権から邪魔にされて、異端集団だと告発され、抹殺されてしまいます。
全ての記録も焼かれたといい、闇に葬られてしまったのです。なるほど彼らの財力ならば、あれほどの大寺院群を建てることもできたでしょう。というか、当時のフランスには、彼らテンプル騎士団のほか、そんな資金を持った者はなかったのです。
 
さて彼らテンプル騎士団が異端だといわれたのは、本当のことでしょうか? 多くの史家は、それはフランス王側のでっち上げ、冤罪だったと見ています。
 
ところが、驚くべき説があります。
テンプル騎士団は実際に異端であり、その本性は「黒マリア崇拝教団」だった…というのです。
 
ヨーロッパ民衆の土俗=魔術精神は、それまで千年の長きに渡って教会に抑圧され、無意識の闇に潜っていました。
その無意識の爆発が、十字軍の熱狂と、「聖なる魔術的組織」テンプル騎士団を生み出し、さらに彼ら騎士団が、無意識の「女神崇拝」と「怪奇趣味」を具象化したゴシック革命を造り出した…。
全てがつながる説明ではありませんか。
 
ところで以上の現象は、二十世紀にやはり「民族の無意識」の爆発として起こった魔術的ナチズムと、なにやら相似っぽいですね…。

テンプル騎士団は抹殺されたが、その残存勢力は闇に潜って、ずっとこの現在まで、続いてきたといわれています。
たとえば悪名高い薔薇十字教団=ローゼンクロイツ。
あるいは国連創設にも関与したといわれるGBU。そしてグレース・ケリーとダイアナの暗殺関与が疑われるホーリー・テンプル教団。
さらにはあの『ゴルゴ13』が雑誌では描きながら、単行本には収録できなかったというイワクつきの、ユダヤ=キリスト教カルテル「P2」…。
ヨーロッパ=キリスト教の裏側にも、魔術崇拝の暗流が脈々と流れてきた…のかもしれません。


とのことでした。

うーん。
確実に当時のヨーロッパでは異教徒だった私。
って感じみたいです。

うん。
そして、これは、私のルーツにも関わっていたりします。
これはまた今度書きますね。

以上、これまで書いてきた事をまとめてみると

① ヘンドリック・ファン・ステーンウェイクという人の描いた絵と、私の見た建物の内部がそっくりだった

②その絵は、1630年に描かれている→という事は少なくともそれよりも前に出来た建造物

③その絵は、現在、ルーブル美術館(フランス)で保管されている(残念ながら、作者の情報が少なく、国籍はわからない)

④私は、黒いマリア像を崇拝していた

⑤黒マリアは、フランス中・南部の山間でまつられている

⑥ノートルダムという寺院が各地で造られたのが12世紀

という感じです。

上の文章に出て来たテンプル騎士団ですが、

1307年10月13日、フィリップ4世はフランス全土においてテンプル騎士団の会員を何の前触れもなく一斉に逮捕。
異端的行為など100以上の不当な罪名をかぶせたうえ、罪を「自白」するまで拷問を行った。
異端審問において立ち会った審問官はすべてフランス王の息のかかった高位聖職者たちで、特権を持ったテンプル騎士団に敵意を持つ人ばかりであった。
騎士団は異端の汚名を着せられ、資産は聖ヨハネ騎士団へ移すこと、以後の活動を全面的に禁止することが決定された。
(wikipediaより)

ということです。

もし、ノートルダムという寺院が、テンプル騎士団によるものであったのならば、彼らが勢力を持っている間は、異教の信仰も隠れる必要はなかったのでしょう。
実際名前にまでなっているし。

過去世の私が隠れる必要があったのは、このテンプル騎士団が力を持たなくなってからも、異教の神、黒マリアを信仰していたからだと推測されます。

前にも書いたように、騎士が、戦力としての価値を持たなくなったのが、13世紀以降くらい。
過去世の私は、あまり戦っていないような感じでした。

そして、テンプル騎士団が逮捕されたのが、1307年。

時期的には、ばっちり当てはまります。

私は、1307年以降、1630年以前生きていたのではないでしょうか。
場所は、フランス?


もしかしたら、過去世の私はテンプル騎士団の生き残りだったりして。
だったら、ちょっとロマンチックだなあ。

私がこの過去世を見たシーンでは、胸の中が悲しみでいっぱいだったので。
つながってるかも?なんて思ったのでした。



ちなみに、これらの、太陽と月の女神でおこなっているアルケミーアプレットというセッションの中で、
観て、体験したものです。

実際に、クライアントさんの85%以上の方が自分の過去世を観たり、体験したりしています。

これって、実は、驚くべき数字だと思います。
普段からトレーニングをおこなっていない人を含めて、この数字っていうのは、本当に驚異的です。

ご興味のある方は、どうぞー。

人気ブログランキングへ←ランキングに参加しています。クリックお願いします。
スポンサーサイト
別窓 | 過去世 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨

前世の風景 4

東京地方 桜が満開を過ぎ散り始めてしまいましたね。

先日、夜桜を見に、有名な目黒側沿いへ行きましたが、改札を出たとたん、あまりの人の多さにびっくりしてしまいました。

やっぱり、日本の風物詩なんですね。

満開の桜も良いですが、桜ふぶきもまた美しいですね。




それでは、前回からの続き、私の過去世の続きへとまいりましょう。



場面が変わり、どうやら夜のようです。

私は、目立たないように、黒い服を着て、やたら、周りを気にしながら、夜の道を馬で走っていきます。
いや、足跡を響かせないように、って感じなので、歩いてるって感じですね。

そして、ある地点まで来て、馬を下りました。

どうやら、目的地についたようです。

目の前には、腰を少しかがめて入っていけるような、小さな洞窟?のようなものがあります。

私はその中を灯りを手に持ちながら入っていきました。

足下も、頭の方も、岩肌が少しぬれているようです。
わき水とかなんでしょうか?

しばらく、暗く狭い道を進むと、奥の方から光が漏れています。

視界が開けると、そこは、一段天井の高くなった小さな空間でした。

女性が一人いて、私が入ってきたのを見ると、小さく会釈して、場を私へ譲ります。

見ると、そこには、小さな祭壇のようなもの???があります。

そして、その祭壇の一番上には、小さなマリア様?が子供を抱いているような像が飾ってあります。

奇妙な事に、そのマリア像は、黒い肌をしています。
真っ黒なんですね。

女性に場を譲ってもらった私は、深々と頭を下げ、祈りを捧げ、女性へ軽く挨拶をし、小さな洞窟を後にして、また闇に消えていったのでした。

???
何これ?
隠れキリシタン的な???

私は、隠れキリシタンだったの??

その謎は、当時のヨーロッパとキリスト教の関係にあるようなんですね。


もうちょっとだけ続きます。


人気ブログランキングへ←ランキングに参加しています。クリックお願いします。

別窓 | 過去世 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨

前世の風景 3

こんにちは。

きちんと、更新していきますよーーーーー。
ランキングって、書かなくなると、一気に急落していってしまうものなんですね(ノД`)
とほほ・・・・。

これからは、しっかり更新していこうと思います。

いつも応援して下さっている皆様。
ありがとうございます。


さて、それでは、気を取り直して、前回の続きから。

私の過去何度も、繰り返されてきた転生の一部。
その中の一回の人生のお話しです。


当時、私は、騎士でした。
ヨーロッパで、騎士が、戦いの場で、活躍したのは、11世紀から13世紀までだそうで、その後は、身分をお金で売買したりしていたそうです。
17世紀頃になると、商人たちの方が、お金も権力も持っていたようですね。

私もどうやら、前線で戦う、というような感じではなさそうでした。
が、まだ没落していたような感じではなく。

過去世探求のセッション中に、仰向けになって回廊を見渡している場面から、その人生の中で、重要な場面へ移動するように指示されました。

私は馬に乗って町の中央へ入っていきます。
大きく空の開いた、広場のような場所です。
そこには、共同の井戸?が掘られている途中だったようで、つるはし?のようなものとか、道具が散乱しています。

私が到着すると、家の中からばらばらと、人が出てきて、作業をはじめした。
男たちが、土をほりあげ、その周りで女性や子どもがわいわい集まっています。
私も、井戸の上から見ているようです。

いよいよ水が出始めました。
広場から大きな歓声があがります。

私は、皆で協力し、わかちあう喜びを味わい、とても幸福でした。

真の幸福とは、一人だけのものではなく、人と分け合えること、そのものだ、と感じました。


過去世を見るというのは、不思議なもので、個人差もありますが、私の場合、映像は、映画のスクリーンを見ているように私自身も映し出されることながれることもあれば、実体験をしているような視界で色々な物が見える場合もあります。

ちなみに、この、井戸から水が出た瞬間は後者でした。
私は、上からそれを見ているのですが、現在の自分とその様子を井戸の上から見ている自分が完全にリンクしていて、過去世を見ながら胸の中は喜びの感情でいっぱいでした。

まさに追体験しているような感じですね。

そして、この場面もここで終了。
さらに、違う場面へうつりかわっていくのでした。


人気ブログランキングへ←ランキングに参加しています。クリックお願いします。


別窓 | 過去世 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨

前世の風景 2

こんにちは

実にお久しぶりです。

多忙のため、しばらく間が開いてしまいましたーーーーーーー。


書きたいことは山のようにあるのに・・・。

これからは、またできるだけ更新していく予定です。
応援してやって下さい。

人気ブログランキングへ  ←ランキングに参加しています。クリックお願いします。

前回からのながれのため、まだ読んでいないという方はこちらをご覧下さいませ。

・・・・というより、読んでいただいた方も、もう忘れてしまいましたよね・・。
では、気をとりなおして。





私がそもそも、その教会のような風景を見たのは、現在私のサロンでおこなわれているセッションのテストを私の師匠にあたる人に誘導され、行っている時でした。


記憶をずっと遡っていたのですが、ある時点で、ストップしてしまい、それ以上、何も出てこなくなってしまいました。


どのくらい時間がたったでしょうか。

もしかしたら、数分間の短い時間だったかもしれません。

自分の手を、着ているものを見るように指示されました。

私は、どうやら白い手袋をしているようです。

視線を足に戻すと、皮でできた靴を履いていて、ズボンは、深いきれいな藍色です。

私は、どうやら自分が男性であるということがわかりました。
中世ヨーロッパなんだろうなーという感じです。

そして、私は、何故かその時、仰向けに寝そべっていて、目にうつっているのは、高いアーチ形の天井でした。

どこかの宮殿か、教会か、大貴族の家なのか。

高い天井付近の窓には、繊細なステンドグラスが施されています。
中央には大きなシャンデリア。

寝そべった状態のまま視点を動かすと、右手に、大きな回廊が見えます。
こちらもアーチ形の天井です。
その脇の壁には、これもまた大きな肖像画が飾られています。
油絵の大きなキャンバスで、金色の額におさまっています。


とても広い回廊が縦横に伸びていますが、周囲に人はだれもいなくて、静まり帰っています。

私は起き上がって、辺りを見回しました。

背中には、マントのようなものを羽織っているようです。

気持ちは何故かはわかりませんが、悲しみでいっぱいでした。

その場面からは、それ以上進むことが出来ず、その人生の中で、重要な場所へ移動するよう指示されました。

私は、どうも、騎士という身分らしいです。
が、もうほぼ戦うための騎士というわけではなくなっているようでした。

実際、調べてみたのですが、中世ヨーロッパて、騎士が活躍したのは、11世紀から、13世紀くらいまでで、後は、だんだん活躍の場を失っていったらしいのです。

そして、前回の日記に書いた私の見覚えのある風景の回廊というのは、この私が寝そべって見た回廊とそっくりなのですが、絵が描かれた年代は、1630年。
それより前にできた建造物だとして、時代背景は、ばっちりあてはまるみたいなんですね。

そんな感じで、過去世に対する、裏付けができたようで、少し嬉しい感じでした。

しかし
この過去世探索には、まだまだ続きがあるのです・・・。



次回へ続く。

人気ブログランキングへ←ランキングに参加しています。クリックお願いします。


別窓 | 過去世 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨

前世の風景

先日、上野の西洋美術館で開催中のルーブル美術館展に行ってきました。


ルーブル美術館、特に土曜日ということもあり、絵の前には人だかりが出来
あまりしっかりと鑑賞できませんでした。


これから行かれる方がいらっしゃれば、平日に、しかも中尾彬の音声ガイドを聞きながら、鑑賞される事を強くおすすめいたします。

というのも、宗教画が多く、時代背景や、宗教観を知らないと、見ていてもあまりぴんとこないかもしれないなーという感じなので。
知識があるとより深くその絵に含まれた意味を知れるんだなーと実感しました。


私も、特にキリスト教について詳しいというわけではないので、なんとなく人垣の後ろの方から絵を見ながら、美術館の中を歩いていました。

美術館の中は、いくつかのフロアが点在し、階段を昇ったり降りたりしながら、新たなフロアへ向かいます。

私は、宗教画も割と好きなので楽しみながら全体的に見ていましたが、ある一枚の絵の上で目がとまりました。

ヘンドリック・ファン・ステーンウェイクという人の「聖堂の内部」という絵です。

1m以上の大きなキャンバスに描かれたその絵は、タイトルの通り、聖堂を描いたものです。
画像を探してみたのですが、出てきませんでした・・・(;へ:)


その絵は、実在する聖堂を描いたものではなく、モデルはあるものの、画家の頭の中で、再構築されたイメージによる建築物を描いているとのことでした。


が、そこに描かれていた建物は、以前に私が過去世の映像の中で見た建物そっくりだったんです。


柱の感じとか、天井の高さとか、窓と照明の感じとか。


思わず見入ってしまいました。


その絵の情報をもとにしていけば、建築様式や、年代などから、自分の過去世がいつくらいの時期だったのか、割り出せるのではないか?と思い、この画家のことをネットで検索してみましたが、あんまり出てきません。

とりあえず、絵が描かれたのは、1630年とのこと。

というのも、今まで過去世を自分のも、他の人のも含め、かなりたくさん見てきましたが、いまいちどこの国なのかはっきりわからないことが多いんですよね。

単純に今の私の知識不足なだけなんですが、町並みとか、人の容姿や服装の感じから、ヨーロッパとか、そういうおおざっぱな事は言えるんですが、フランス、とかイギリスとかまではわからないんです。

・・・ふつう?

とりあえず、年代だけはしっかりわかりました。

でも、その年代より古い聖堂なのかもしれないけどなーーー。

過去世には、色々なドラマがあり、とてもおもしろいです。


次回はその辺を書いて行ってみようかな、と思います。


3月22日 東京 瞑想セミナー 受付中">3月22日 東京 瞑想セミナー 受付中


精神世界ランキング にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
人気ブログランキングへ  ←ランキングに参加しています。クリックお願いします。



別窓 | 過去世 | コメント:2 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
| 魔法のことば |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。